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2005.06.06

自分のために作られた料理が食べたい

お世話になっている「東村山グルメ日記」のマサさんの別館でこんな記事があった。
「N」とは近所にあるイタリアの本場の味を追求しているレストラン。どうやらマサさんは本気でこの店を応援してらっしゃるようです。
で、参考になればと、あえて苦言をコメントしようかと思ったら字数制限にひっかかったのでTBにて失礼します。
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「N」・・私も帰宅途中にあるので店内を覗いてみると人がいないですね。

んで、私なりに気づいた点を・・・

かみさんが言うにはマスターの身なり。あの汚いエプロンのまま店内で給仕するのは客への配慮が足りないんでは・・と女性らしい意見でした。

私の意見は、Nの味は記憶に残らない。

よく美味しいものを食べると私も「ど真ん中ストライク」という表現を使うけど、私の場合のストライクゾーンってなにかというと、それは味の記憶なのではないだろうか。
オーダーしたものを口に入れて味わう瞬間までは、店の雰囲気・料理の名前・見た目・香りと次から次へと脳みそに入ってくる検索キーに引っかかった記憶された味をその都度思い浮かべてる。
ウマいとはその記憶を書き直したくなる味だということなのかと思う。

つまりリピートしたくなる店というのは、この味の記憶を部分的にであっても上書きするほどの記憶を脳みそに焼き付けてくれる店なのかなと思う。

記憶に残らないってのは、なんとなくだが「本場の味」にこだわり過ぎて、日本人である私に「楽しんでほしい」ということが二の次になっているためのような気がする。
イタリア人なら楽しめるかもしれないが、私はイタリア人ではない。
ぜひ「イタリア人が楽しんでいる本場の味」ではなく「東村山の人たちが楽しめる本場の味」というのを本気で考えてほしいなぁ。
なんかマスターの神経が料理に向き過ぎていて、客である私にあまり向いてないという感じがします。(たぶんマスター本人はそんなことはないよう真面目にやってらっしゃるとは思いますが。)
少なくとも私はイタリアの味が知りたくて店に通うというよりは食事の時間を楽しむために店に行くわけだし。

「ラーメンの鬼」の佐野さんが「店は味を変えていかなければいずれつぶれる。でも味を変えているのを客に気づかれたら負けだ。」みたいなコメントを言ってました。
「N」も5年、10年先には、「気づけば本場のレストランと寸分たがわぬ味を提供しているようになっている」ってのでもいいじゃないですか。でもそれよりも前にやるべきことは山盛りあるような気がしています。

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コメント

その通りですね。「N」のマスターもそろそろ気づかないと、店そのものが危なくなります。
そういう意味では、離れてはいますが「K」ができて人気になっているのは、いい刺激剤になるのではないでしょうか。

投稿: マサ | 2005.06.06 23:48

コメントありがとうございます。

そうですね。近所ですし、ぜひ東村山の名店に育ってほしいもんです。

投稿: 衛星T | 2005.06.07 17:22

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